色素体ゲノムにコードされる遺伝子は色素体における転写・翻訳に関するものと、光合成に関するものとに大別されます。
色素体と転写
核から葉緑体への影響
色素体での転写には、核の転写とは異なる複数の RNA ポリメラーゼが使用されています。
その 1 つは原核生物型の RNA ポリメラーゼです。コア酵素は色素体ゲノムに、転写開始を制御するシグマサブユニット (σ因子) は核にコードされています。シグマサブユニットは細胞質で翻訳された後、色素体に輸送されコア酵素と複合体を形成して機能します。
色素体ゲノム上の RNA ポリメラーゼコア酵素遺伝子を転写するのは核コードのバクテリオファージ型 RNA ポリメラーゼです。
このように、葉緑体の遺伝子発現は核からの情報により大きな影響を受けます。
葉緑体による各遺伝子の発現制御
葉緑体による核遺伝子の発現制御系も存在します。
葉緑体内の光合成色素の量が低下したり、葉緑体が脱分化すると、それに応じて核遺伝子の CAB (クロロフィル a/b 結合タンパク質) 遺伝子の転写量が減少します。葉緑体の機能が抑制されても、CAB 遺伝子の発現が減少しないシロイヌナズナ変異体を用いた解析から、葉緑体から核への情報伝達にはクロロフィル合成中間体が関係していることが明らかになりました。葉緑体の機能が低下すると、Mg-プロトポルフィリン Ⅸ が蓄積します。これがシグナルになり核内の光誘導性遺伝子プロモーターに多く見出される G-box や GATA box を介した、転写が抑制されるモデルが提案されています。
Mg-プロトポルフィリン Ⅸ 以外にも葉緑体内で作られる代謝産物や活性酸素種などがシグナルとなって、核内の光合成関連遺伝子やストレス応答遺伝子の転写をさまざまに調整していることもわかっています。
葉緑体は光合成の物質生産の場であるだけでなく、核ゲノムと葉緑体ゲノムの適正な相互作用をもとに光合成機能や細胞機能を調整する外部環境センサーとしての重要な役割を担っているのです。
色素体と光合成
核コードの光合成関連遺伝子の発現は、光により転写レベルで制御される場合が多いです。対して、葉緑体コードの光合成関連遺伝子の多くは、転写レベルではなく転写後の調節、特に翻訳レベルでの調節を受けています。
psbA
光化学系Ⅱの反応中心コアタンパク質をコードする psbA の発現は、光エネルギーから作り出された還元力により翻訳開始の段階で制御されています。つまり、明所ではチオレドキシンを介して psbA の翻訳調節因子が還元され活性型になるのです。この活性型翻訳因子によって psbA の翻訳が促進されます。この制御系では psbA の mRNA 量の変動を伴わずにタンパク質合成量が制御されるのです。
2 つのサブユニットのバランス
1 つの酵素が葉緑体コードのサブユニットと核コードのサブユニットで構成されている場合は、両者の量のバランス維持も重要です。例えば、Rubisco の大サブユニットは葉緑体ゲノムに、小サブユニットは核ゲノムにコードされています。
人為的に小サブユニットの転写量だけを抑制すると、大小両方のサブユニットの量が減少します。ただこのとき、大サブユニットの mRNA の減少はありません。小サブユニットと会合しなかった大サブユニットは速やかに分解されると考えられています。
タンパク質分分解のレベルでも2つのサブユニットのバランスが調節されているのです。